■ 知る・学ぶ

与謝野晶子

晶子のメッセージ

 

「死の恐怖」(『女人創造』大正9年(1920)5月)

 私は家族と共に幾回も予防注射を実行し、そのほか常に含嗽薬(がんそうやく)を用い、また子どもたちのある者には学校を休ませる等、私たちの境遇で出来るだけの方法を試みています。こうした上で病気に罹って死ぬならば、幾分それまでの運命と諦めることができるでしょう。幸いに私の宅では、まだ今日まで一人も患者も出していませんが、明日にも私自身をはじめ誰がどうなるかも解りません。死に対する人間の弱さが今更のごとく思われます。人間の威張り得るのは「生」の世界においてだけの事です。

 私は近年の産褥において死を怖れた時も、今日の流行感冒についても、自分一個のためというよりは、子どもたちの扶養のために余計に生の欲望が深まっていることを実感して、人間は親となると否とで生の愛執の密度または色合いに相異のある事を思わずにいられません。人間の愛が自己という個体の愛に止まっている間は、単純で且つ幾分か無責任を免れませんが、子孫の愛より引いて全人類の愛に及ぶので、愛が複雑になると共に社会連帯の責任を生じて来るのだと思います。感冒の流行期が早く過ぎて、各人が昨今のような肉体の不安無しに思想し労働し得ることを祈ります。