パネル展「晶子とスペイン風邪 -人類への問いかけ-」を開催します
令和2年度さかい利晶の杜パネル展
「晶子とスペイン風邪 -人類への問いかけ-」を開催します
与謝野晶子が活動していた大正7年~9年(1918~1920)は、スペイン風邪と呼ばれた感染症が、世界規模で猛威を振るい、日本国内においても約50万人に上る病死者を出しました。
これは、のちの関東大震災を大きく大きく上回る被害であり、新聞などのメディアにおいても、スペイン風邪の脅威が報じられています。
与謝野晶子は歌人としての一面だけではなく、その優れた知性で社会思想家や教育者などの多面的な活動を行っており、「横浜貿易新報」に発表した大正7年の評論「感冒の床から」、大正9年の評論「死の恐怖」の中でそれぞれこのスペイン風邪について論評しています。
このなかで彼女は自身の家族がスペイン風邪に感染したことについて「伝染性の急激な風邪の害は米騒動の一時的局部な害とは異い、直ちに大多数の人間の健康と労働力を奪うものです。政府はなぜ逸早くこの危険を防止するために、大呉服店、学校、興行物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時的休業を命じなかったのでしょうか」と述べ、感染症に対する意見と政府の対応への批判を表明しています。
現在、新型コロナウイルス感染症の感染が拡大し、日本を含めた世界に多大な影響を与えています。本展はかつての感染症の記憶を紹介することで、感染症の恐ろしさとそれに対抗する晶子の強い意志を感じていただけるパネル展として、下記の通り実施します。
なお、本展は、全国文学館協議会主催の共同展示「3.11 文学館からのメッセージ」として、2011年以来、当館で毎年企画の一環として開催するものです。
会 期 令和3年2月17日(水)~3月15日(月)
※期間中休館日はございません。
主 催 堺市(協力:与謝野晶子倶楽部)
場 所 さかい利晶の杜 2階無料ゾーン
展覧会のみどころ
〇感染症の恐ろしさとそれに対抗する晶子の強い意志をパネル展示で紹介します。
大正7年~9年(1918~1920)に世界規模の猛威を振るったスペイン風邪は、日本国内でも約50万人もの犠牲者を出しました。
そのような状況の中でも人々は新聞やポスターといったメディアを通じて、スペイン風邪の脅威を警告し、注意を呼びかけました。
与謝野晶子も新聞を通じて、スペイン風邪の流行に関する評論を書くことで政府への批判、生死に関する考えを訴えています。
そのような新聞やポスターをパネルで展示することで感染症の恐ろしさとそれに対抗する晶子の強い意志を紹介します。
【主な展示資料】
「啓蒙ポスター」国立保健医療科学院図書館所蔵
大正11年(1922)、内務省衛生局が編纂した『流行性感冒』に掲載されたスペイン風邪の予防を訴えかえたポスターです。飛沫伝染を防ぐためにマスクの使用とうがいの習慣を勧めたもの、予防注射を推奨したものなどが考案されました。3万枚ものポスターが印刷され広く各地方に配布され一般市民への注意を呼び掛けるために使用されました。
「横浜貿易新報」神奈川県立図書館所蔵
神奈川県が発行していた地方新聞です。与謝野晶子の評論文「感冒の床から」が前流行の最中である大正7年(1918)11月に掲載され、「政府はなぜ逸早くこの危険を防止する為に、大呉服店、学校、興行物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時的休業を命じなかったのでしょうか」とスペイン風邪に対する政府の対応への批判を述べています。同じく晶子の評論文「死の恐怖」が後流行の大正9年(1920)1月に掲載され、こちらではスペイン風邪による死が私達を包囲しているとし、最善を尽くして生きる決意について書かれています。
【関連動画】
●オンライン学芸トーク:スペイン・インフルエンザと与謝野晶子
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